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世界のメンター

錦織圭のメンター「成長できるのは、強い意思とメンターの存在があるから!」

「Air-K」といえば、錦織圭選手の代名詞
バスケの神様、マイケル・ジョーダン氏の滞空時間の長いジャンプを形容したニックネーム、“エア”からスニーカーのブランドとして有名になった「Air Jordan」には知名度こそ及ばないものの、今やテニス界でKei Nishikoriの名を知らない人はいないのではないでしょうか。

世界ランキングでは、シングルス4位、アジア人男子の歴代最高位を記録し、男女通じて、日本人初のグランドスラム4大大会シングルスファイナリストとなりました。

記憶に新しい2016年のリオオリンピックでは、男子シングルスの銅メダリストとなり、96年ぶりにテニスで日本にメダルをもたらしました。

一見、順風満帆に見える錦織選手。 しかし、13歳で母国を離れ、アメリカという言葉や生活環境が全く異なる地で夢を追いかけてきたのですから、想像に絶するほどの困難に幾度も遭遇してきたのではないでしょうか。

そんな錦織選手の成長や活躍の裏には、彼を支えた多くのメンターの存在があるのです。

錦織選手の才能を見つけた柏井コーチ


(出典:http://www.sankei.com)

錦織選手が6歳のときに、通い始めたテニススクールで出会ったコーチ、柏井正樹氏
中学1年生の夏まで、約8年間、錦織選手を指導しました。

この柏井氏が名コーチだったからこそ、錦織選手の才能が引き出されたと言われています。
柏井氏は、レベルの高いテニス理論と指導力を兼ね備えていたコーチで、6歳でスクールにやって来た錦織選手の才能をすぐに見抜いたようです。

当時の錦織選手について、柏井氏はこう語っています。

「まだ体も小さく、体力もなかったが、『もう少し長く』『ちょっと高く』『もっと低く』などと、ボールの軌道に対して指示を出すと、すぐにそのとおりの表現ができた。ボールコントロールが抜群でこれはすごいな、と。」 (.dot)

「ボールコントロールは100人に1人で、ゲームセンスも100人に1人。2つ合わせて1万人に1人の天才だった。」(日刊スポーツ)

柏井氏は、錦織選手の才能に惚れ込み、通常のレッスンだけでなく、無料で個人レッスンを行ったといいます。 そうすることで、きっと錦織選手の潜在能力が開花するだろうと感じていたようです。

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“Kei”と呼ぶ仲はここに原点がある!松岡修造氏

そして、錦織選手が小学6年生の時に出会ったもうひとりの大きな存在こそが、松岡修造氏でした。
全国24名のトップ選手が揃う全国選抜ジュニアテニス選手権大会の12歳以下の部で優勝した時のこと。
この大会の準決勝で、錦織選手の試合を観戦していた松岡修造氏は、リターンゲームでの圧倒的な才能に目を奪われました。そして、同時に悪い癖や短所も発見し、伸びしろの多さから、選抜ジュニアの1週間後、錦織選手を「修造チャレンジトップジュニアキャンプ」へ招待したのです。
そこで松岡氏は、錦織選手の苦手だった「メンタルトレーニング」をあえて行い、技術面でも、サービスの悪い癖を治すための指導を行いました。

この頃の指導法について、松岡氏はアエラの中でこう語っています。

「圭は当時、本当に表現力がなかった。人前で話すこともできなかった。一番、僕の合宿の中では泣いてた選手ですよ。トレーニングでは、たとえば、一人ずつ子どもたちを会議室に呼ぶんです。すると、僕やスタッフが黙って座っていて、ホワイトボードには「感じたまま踊れ」って書いてあって、曲が流れるんです。」

「もうね、そのまま泣く選手もいる。でも、わけがわからないんだけど、(手足をばたつかせて)こうやって何とか頑張って少しずつ体を動かす選手もいる。それだけでオッケーなんです。それができたら、その日から消極的だった態度もがらりと変わる。」

「この状況っていうのは、海外のお客さんがたくさんいるところで、ものすごい強い相手と試合をするときの雰囲気と似てるんですよ。そういうとき、緊張や恐怖心のあまり、結局何もしないで頭真っ白で終わっちゃいましたっていうことがよくありますよね。そうなってほしくないから。これは僕が一番苦労したところでもあるんです。」

松岡氏の指導の甲斐もあり、その後、全国小学生テニス選手権大会では、5試合すべてストレート勝ちの優勝を果たし、続く全日本ジュニアテニス選手権大会(12歳以下の部)でも全試合ストレートの完全優勝を成し遂げます。 そして、全国大会三冠を達成したのです。

“盛田さんがいなければ今の僕はない”

その後、13歳で 親元を離れ、アメリカに拠点を移します。 盛田正明氏、日本テニス協会名誉会長が私財を投じた基金の援助を受け、アメリカの名門アカデミー、IMGアカデミーへと旅立ったのです。

若干13歳の子供にとって、言葉や文化、そして何もかもが今までとは全く異なる新しい環境下では、心細さは想像に絶するほどであったと思います。

当時の生活を各メディアではこう記述しています。

“世界の同世代とテニス漬けの寮生活を送る。冷蔵庫のジュースを勝手に飲まれたり、タンスのタオルを使われたり。「ホームシックになったこともあった」。気分転換に、日本の音楽を聴き、ゴルフのクラブを握った。家族へのメールは3行程度。弱音は見せない。”
(朝日新聞)

“両親は、錦織を送り出す時、「里心がつくから」と携帯電話も持たせなかった。生半可な気持ちでは続けられないことがわかっていたからだ。離れて暮らす両親もまた、耐えた。”
(週刊朝日)

“当初は、2人の日本男子ジュニアが一緒で、元日本代表選手の米沢徹コーチも派遣された。気心知れた仲間がいることは、英語がしゃべれなかった錦織にとっても、支えだった。しかし、数年後、2人と米沢コーチは帰国する。錦織は、たった一人で残された。
「ホームシックにかかりました。テニスに打ち込むことで、すべてを忘れようとした」
錦織はそう振り返る。
IMGアカデミーでは、ほとんどの生徒が、トッププロを目指す。しかし、その大半が、夢半ばで挫折していく。その中で、15、16歳の日本の少年が生き抜くには、テニスで答えを出すしかなかった。”
(週刊朝日)

そんな中、支援をして送り出してくれた盛田氏は、錦織選手にとって、心の大きな支えでした。 盛田氏への感謝の気持ちは「結果」として表すしかありません。 この「感謝」こそが、錦織選手の精神力の強さとなり、厳しいトレーニングにも打ち勝っていける原動力となったのです。


(出典: http://www.sponichi.co.jp/)

2014年9月、テニス全米オープンの男子シングルス決勝。 この時、日本から熱い思いで決勝を見届けたのが、この盛田氏でした。 盛田氏はソニー創業者の一人、故昭夫氏の実弟で、同社の副社長を務めた後、2003年に「盛田正明テニスファンド」を設立しました。
錦織選手はこの基金の支援を受けて、IMGアカデミーにてトレーニングをしたのです。

盛田氏は、錦織選手と初めて対面した際の印象をこう語っています。
「かわいい坊や。ボール扱いが器用だった」

2016年6月の全仏オープン男子ジュニアダブルス。 錦織選手が若干16歳で制した際には、現地まで足を運び、観戦しています。

錦織選手は、全米オープン決勝で負けた後、会見で盛田氏に対して、「次に優勝するのを見てもらうために今日は負けました」と冗談交じりに謝意を表しています。

また、2016年10月に、盛田氏が国際テニス殿堂の功労賞を受賞した際には、センターコートで行われた授賞式にサプライズで花束の贈呈役を務めました。 そして、「盛田さんがいなければ今の僕はない。日本の田舎にいた僕が米国に行く機会をいただけた」と感謝の言葉を贈ったのです。

世界で戦える筋力や体力をつけるために、フィジカル面をサポートした中村豊氏


(出典:http://www.yutakanakamura.com/)

このIMGアカデミーで、錦織選手は肉体的にも非常に強くなっていきました。
トレーニング方法も異なるフロリダの地で、錦織選手を全力で支えてきた日本人の一流のフィジカルトレーナー、中村豊氏も錦織選手の大切なメンターのひとりです。

中村氏が錦織選手と初めて会ったのは、彼が12歳の時。
中村氏は盛田正明テニスファンドのトレーナーとして就任しました。 また、IMGアカデミーのIMG ELITE(IMG契約選手)やプロ選手の指導を行っていました。 マリア・シャラポワ、メリー・ピアース、トミー・ハースなどを担当し、錦織選手においては、13歳で渡米してから、20歳までのフィジカルトレーニングを担当したのです。

現在も、盛田ファンドのアドバイザー・顧問を務めており、将来有望な13歳~14歳のジュニアの育成に関わっています。

その中村氏は、News Picksのコラムで錦織選手についてこう語っています。

「最初から他の選手とは、全然違いましたね。錦織が13歳の時から担当しましたが、体の動かし方、ラケットを持った時の雰囲気、トレーニング時の意志の強さなど、プロとしてやっていけるであろう非凡なものを錦織からはすぐに感じました。そして何より本人が「プロとしてやっていきたい」という思いを強く持っていました。シャイだったので口数は少なかったですが、大事な時には自己主張できる強さを持っていました。」

「最初見た時に彼は本当に華奢(きゃしゃ)だったし、走ることも得意ではないように見えたんですね。でも、一緒に2週間ほどトレーニングをすると、まず錦織の目が変わりました。意識が高くなったように見えましたし、実際に走るスピードも上がりました。なので、錦織という選手はいい環境をつくればすごく伸びる子なんだなと感じました。」

こうしたフィジカルなトレーニングに加えて、中村氏は錦織選手がアメリカの文化を吸収していくことも世界的なプレーヤーになる上で必要だと感じていたようです。

「フィジカル面に加えて、国際的なスポーツであるテニスで活躍していくためにも、アメリカの文化も同じくらい彼に学んでもらいたいと思っていました。」

こうしたフィジカル面を中心とした中村氏のサポートがあったからこそ、世界で戦える筋力や体力が錦織選手についていったのです。

“錦織選手の育成の絵を描いた米沢徹コーチ”


(出典:http://tennis.jp/)

同じく、錦織選手が12歳から14歳までの3年間、盛田ファンドでコーチ兼マネージャーとして指導していたのが、米沢徹氏です。

元デビスカップ代表選手で、ジュニアデビスカップ、ジュニアフェドカップの監督を務め、現在はチームヨネザワ代表としてジュニアの育成に力を入れています。

米沢氏は当時の錦織選手について、
「13歳の時に150㎝しかなかったため、高い球を強く打ちかえすことができませんでした。反射神経も動体視力も良い選手ではありませんでした。」と語っています。

そんな錦織選手に対し、「ジャンプしてバックの高いところを、左右にコントロールできる選手は、世界にもいない」と、1日100本のリターン練習を課したそうです。 また、「Air-K」の練習をさせたのも、この頃で、ただ高い球をジャンプして打ち返すのではなく、武器になるものにしようと指導したそうです。

苦手だったサーブに関しては、毎日2時間練習をして、右だけではなく、左でも打たせました。 そうすることで、肩や首が痛まないように配慮したのですが、恐ろしいほどの吸収力で、なんと左でも、非常に高いレベルで打ち返せるようになったと言います。

また、メンタルに関しては、「執念と負けず嫌いの両方を併せ持っている」と評しています。粘ってくる相手には牙をむき、強者に対しては、「何か一つでもやってやろう」とあきらめない粘り強さがあると語っています。

そして、前述したフィジカルな面に関しては、華奢でひ弱であったため、長い練習をすると熱を出してしまうありさまだったと言います。 その対策として、米沢氏はラーメンやうどんを食べさせ、休み休み練習させ、3人前の食事をとることを課していたそうです。

この米沢氏が錦織選手の育成の絵を書き、そのフィジカルな面を中村氏が支えて、今の錦織選手の土台が築かれたと言っても過言ではないでしょう。 錦織選手にとって、かけがえのない2名のメンターであったことは言うまでもありません。

そして、現在、世界ランキング5位以内を維持している錦織選手にとって、さらに2名の重要なメンターが存在しています。

“ハードな練習とメンタルトレーニングで、世界のトップに押し上げたマイケル・チャン コーチ”


(出典:https://sportiva.shueisha.co.jp)

そう、言わずと知れた、自己最高世界ランキング2位で、男子シングルスグランドスラム最年少優勝記録保持者である、現コーチのマイケル・チャン氏です。

そもそも、錦織選手は以前よりチャン氏にコーチを依頼したかったようで、身長でもアドバンテージのなかった彼が世界ランキング2位にまで登りつめたそのトレーニング法を指導してもらいたいと思っていたようです。

チャン氏は基礎トレーニングだけではなく、錦織選手の苦手な相手を徹底的に分析し、アドバイスをする戦略家です。 また、錦織選手の能力の高さを認めた上で、彼のポテンシャルを最大限まで引きだそうと、かなりスパルタで熱意のある指導をすることで有名です。

チャン氏はコーチ就任時に錦織選手にこう指摘したと言います。
「トップになりたいなら、今のままではダメだ。メンタル、フィジカルを鍛えなければ無理!」

運動力を多くし、スタミナをつける。 周りの選手の誰よりもハードな練習をしてこそ、トップになることができる。 錦織選手は初めのうち、あまりのきつさに、食事がのどを通らなくなったと言います。

それほどハードな練習をした上で、メンタルを鍛えるというのがチャン流で、言葉ひとつにおいても、かなり厳しい発言をし、それによってメンタルを鍛えていく方法を取っています。

そのハードトレーニングのおかげで、チャン氏がコーチとして就任後の2014年の成績は、最高が世界5位で、11位までを推移。 2013年の世界ランキングが17位であることを考えると素晴らしい成果を出しました。 その後も一桁のランキングを維持し、現在は4位、5位で安定しています。

チャン氏の兄であり、チャン氏の元コーチであるカール氏は言います。
「今や錦織は、世界のトッププロの一人になった。だがマイケルは、『まだまだ満足していない』と言っていたよ。マイケルは錦織のゴールを、グランドスラム制覇、そして世界ランク1位と決めているからね。その目標のため、マイケルはこれからも錦織を鍛え続けていくつもりでいる」と。(週刊現代)

“厳しいチャン氏との間の潤滑油、ダンテ・ボッティーニ コーチ”


(出典: https://sportiva.shueisha.co.jp)

このようなチャン氏を錦織選手は心から信頼しています。
と同時に、この厳しさを紛らわせてくれるもう一人のコーチがいます。

錦織選手が2003年から学んできたIMGアカデミーからのコーチ、ダンテ・ボッティーニ氏です。 錦織選手からボッティーニ氏にコンタクトを取り、2011年からコーチに就任しています。

ボッティーニ氏もアルゼンチン出身の元プロテニスプレーヤーで、1996年から2001年までプロとして活動していました。 チャン氏が1年のうち、15-20週、重要な試合や指導を行うときに帯同するのに対し、ボッティーニ氏は1年52週ずっと、錦織選手をマンツーマンで支えています。

ボッティーニ氏は、錦織選手の技術指導や練習のサポートを行うことに加え、メンタル面もコーチングしています。

松岡修造氏は、錦織選手とボッティーニ氏との関係をこう述べています。

「マイケルは、相当口うるさい。正直、圭とマイケルの性格はあまり合っていないと思う。ただ、圭には経験にもとづいた説得力のあるマイケルのアドバイスが必要。一方、ダンテのようなイージーゴーイング(楽観的なタイプ)が、圭は大好き。だからダンテもいないとダメ。ダンテとマイケル、ふたりのコーチの指導がうまくミックスできているので、最高のチームになっている気がします。」(Sportiva)

つまり、ボッティーニ氏は、錦織選手と厳しいチャン氏との間の潤滑油にもなっているようです。 共に長い時間を過ごすボッティーニ氏は、錦織選手との性格的な相性が合わなければやっていけません。 松岡氏がいうように、錦織選手にとって、ボッティーニ氏は絶対に必要な存在なのです。

また、ボッティーニ氏もインタビューで、こう答えています。
Kei and I had a good chemistry and worked very well together.
「圭と僕はとても良い相性で、お互いに非常に良い仕事がこなせているよ」
(TENNIS NOW)

このように、錦織選手はボッティーニ氏と非常にうまくかみ合い、そのおかげで着実に力をつけてきています。

日々二人三脚で一緒に歩むボッティーニ氏と、時折、強いアクセントとなって厳しく指導するチャン氏。

松岡修造氏も、錦織選手とチャン氏とボッティーニ氏、この3人だからこそうまくバランスがとれており、このチームを継続していくべきだと主張しています。

今後、このチームが存続する限り、錦織選手の更なる活躍が見られるのではないでしょうか。


(出典:http://m.sponichi.co.jp/)

【錦織圭選手の愛読者】

錦織選手の愛読書は、人気テニス漫画「テニスの王子様」です。 錦織選手が小学生時代から愛読しており、01年にアニメ第1話が放送された際、当時小6だった錦織選手は天才テニス少年を紹介するコーナーに登場したこともあります。
2011年に、作者の許斐剛(このみ たけし)氏とテニス誌の企画で対談した際には、錦織選手が「テニスの王子様」に登場した技を少年時代に練習したと打ち明けました。
「“片足スプリットステップ”は今も使っている」と言っており、“Air-K”の原点となった作品です。

「テニスの王子様」
週刊少年ジャンプで1999年に連載がスタート。 現在は続編「新テニスの王子様」が月刊誌ジャンプSQで連載されています。 主人公の越前リョーマがテニスの名門中学で、全国制覇を目指す物語です。登場する必殺技がテニス少年を魅了し、単行本全55巻の累計発行部数は約5500万部。 「テニプリ」の愛称で親しまれ、アニメや映画、ミュージカル化もされています。

(トップ画像 参照:http://mainichi.jp/)
 
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